COP15が終了して

2009年12月23日

 先週末、第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が終了しました。今回の会議では、「コペンハーゲン合意:Copenhagen Accord」という、拘束力のない宣言が、不完全な形で示されるに止まり、残念ながら、地球温暖化打開に向けて、意味のある国際的な合意に至ることはできませんでした。この結果を踏まえて、我々が認識しなければならないことは、今回の会議が国際的合意に向かうどころか、会議が進行するにつれて、先進国、新興国、発展途上国それぞれの立場の違いが、致命的なほど明確になったということです。

 日本人として残念なことは、グリーン・フレンドリーな民主党政権に変わり、CO2を1990年比で25%削減するという、他国との比較では大胆な目標を掲げるとともに、「鳩山イニシアチブ」と呼ばれる、これもまた大胆な発展途上国支援を打ち出したにもかかわらず、CO2の大量排出国である米国、中国に対して、枠組み参加へのプレッシャーを与えたようには見えず、また発展途上国からの歩み寄りを引き出すこともなかったように感じることです。今回の交渉で、日本の顔は見えませんでした。

 マスコミで報道された内容は、概ね以上のようなものでした。しかしながら、気候変動問題は、我々が抱える他の課題と比較して、その影響度が、スケール的にも時間的にも甚大であるため、従来のメディア報道が触れない部分について、我々は充分に配慮していく必要があると思います。今回は、メディア・ジャーナリズム論を深く掘り下げることは避けますが、ひとつだけ認識しておかなければならないことは、マスメディアというものは、世の中の出来事を、しかるべきフレームワークに基づいて、尚且つしかるべき目的に基づいて、報道しているということです。すなわち、多くの場合、大衆が迎合しやすかったり、大衆が何らかのストレス発散ができたりする方向で、記事や番組が編成されているということです。そうしなければ、視聴者や読者の共感を得られず、存在意義を失ってしまうからです。

 それでは、今回のCOP15の不調を踏まえ、我々人類が認識しておかなければならないこととは。「コペンハーゲン合意」でも再確認されましたが、世界の気温上昇を、産業革命以前の水準から、2度以内に抑えること。私は今、山本良一氏「残された時間 2℃ Point of No Return」を読んでいますが、本書によると、今すぐに世界規模で大胆な対策を採らない限り、このポイントを超えてしまう可能性が高いとのことです。そしていったんこのポイントを超えてしまうと、地球環境は人間がコントロールできる範囲を超えてしまう可能性が高いとのことです。その時期は、遠い先ではなく、今から20年後当たりが想定されるそうです。問題は、その時、何がおきるのか? 島嶼国やアフリカから温暖化による飢餓難民が大量に発生し、民族の移動が起こったり、食糧不足、水不足による世界的な争奪戦がはじまったりする可能性があります。そういった視点で日本の現状、例えば食料自給率の低さ、安全保障に対する危機感の欠如、こういったものを鑑みると、日本はどうすべきか? どんな自衛手段があるのか? 気持ちの良い話ではありませんが、我々の思考の範囲内に留めておくべき重要課題だと思います。

 もうひとつ重要な課題は、気候変動という危機に対応していくためには、一国が一票を持ち、基本的に全会一致を原則とする国連の枠組みによる合意形成には、限界があるのではないかということです。ポスト京都議定書の国際的な枠組みの議論は、来年のCOP16での締結を目指して、今後も進められると思いますし、建設的で速やかな議論が行なわれることを引き続き、期待しますが、COP15の現実を踏まえると、過度な期待は禁物にも感じます。それでは、どんな手段があるのか? この点については、トーマス・フリードマン氏が、ニューヨークタイムズに興味深い問題提起をしています。地球温暖化に迅速に対応するには、国際合意による法的な拘束ではなく、市場経済を活用した競争の方が有効であると主張しています。つまり温暖化対策を、経済成長戦略に如何に転換できるか? それを上手にやることが出来る国が、経済的に勝ち残れ、また温暖化緩和に貢献できるとの主張です。グリーン・ニューディールと言うものが、これに該当するのではないかと思います。これには、環境税の導入、クリーンエネルギーの買取制度の強化等、様々な促進政策が重要です。

投稿者: Reo Watanabe 日時: 2009年12月23日 18:06 |パーマリンク