メディア漬け化する米国の子供たち
先週20日、Kaiser Family Foundationが、米国の8-18歳の子供を対象にしたメディア接触行動調査「GENERATION M2」の結果を発表しました。
本レポートによると、彼らは毎日平均7時間半以上(7:38)何らかのメディアに接触しており、その内の3時間以上は複数のメディアに同時接触、つまりのべ換算で一日10時間45分(10:45)接触しているそうです。これは、2004年の調査結果(一日平均6:21、のべ換算8:33)よりも、大幅に上昇しているようです。つまり、彼らのメディア接触時間は、フルタイムの業務時間を上回っているようです。まさにメディア漬けの生活です。
大幅に上昇している大きな要因としては、携帯電話やiPodsなどの普及、そしてこれに伴う、オンラインビデオ視聴、SNSサイトへの接触、携帯テキストメールの伸びが、挙げられます。彼らの66%が携帯電話を持ち、76%がiPods等のMP3プレイヤーを所有しています。
また、TVの容易さも、メディア接触時間の増加を加速しているようです。例えば、64%が食事中にTVをつけている。また45%は、なんとほとんど一日中、留守中も含め、TVをつけっ放しだそうです。そして、71%は自分の部屋にTVを持っており、50%がTVゲーム機を自分の部屋に置いているそうです。こうした状況が、TVを中心としたメディアのマルチ接触状況を加速しているようです。
一方、メディア接触に関して家庭内で何らかの規制ルールを設けている家庭は、3割にとどまるようです。また、56%が宿題をしている最中に何らかのメディアに接触しているそうです。こうしたメディア漬けの状況が、学校の成績にどのように影響してるかという点では、一日16時間以上(本当かなあと思いますが、、)メディアに接触するヘビーユーザーと、一日3時間以内のライトユーザーと比較すると、Cグレード以下の成績を取る比率は、前者が47%、後者が23%と、相関関係が見られます。
人種別の違いでは、ヒスパニックの平均が13:00、黒人が12:59、白人が8:36とのことで、人種別で明確な違いがあるようです。
日本でも同様の調査が色々と発表されていますので、それと比較すると、色々と面白いのではないでしょうか。私が感じることは、「日本は携帯中心で、欧米はPC中心」という仮説は、特に子供たちの世代では、もう全く当てはまらないような感じがします。
阪神淡路大震災から15年を経て
阪神淡路大震災から昨日で15年が経ちました。亡くなった方々には、改めて心よりお悔やみ申し上げます。私にとっては、震災翌日の今日18日が、特別な意味のある日です。
当時、私は電通の営業局に在籍しており、神戸のクライアントを担当していました。本社オフィスのあった三宮のビルは倒壊し、社長は六甲アイランドに在住のため、橋が封鎖となって島から出られず、経営再開に向けた陣頭指揮がとれないので、島からの脱出に協力してもらいたい旨の依頼が、クライアント社長の携帯電話から、電通に入りました。チャーター機もチャーター船の手配を試みましたが、どうしても手配がつきませんでした。
その時、漁師の方であれば、きっと手助けしてくれると思い、大阪の漁港に連絡を取り、一升瓶を持って相談に行きました。そうして先輩の方と二人で六甲アイランドに向かったのが、15年前の今日です。上陸すると、一面で激しい液状化現象が起きており、頻繁に余震が続いていました。そして、対岸の神戸市街では、大規模な火災が発生していました。安全上、衛生上の秩序が崩壊した中での強烈な不安、臭い。メディアからは伝わらない、大災害の現実がありました。
「それは、広告代理店の仕事なのか?」と、これまで何度も色々な人に問われました。その時は、ただ自分にできる解決策があるのかどうかを考えただけでした。私は学生時代ヨット部に所属しており、私の天候変化の判断ミスで遭難しかけた時には、漁師の方に助けてもらいました。そして自然の本当の怖さも、漁師の方から教えてもらいました。きっと漁師の方は手を貸してくれる、その思いで行動しただけでした。自分でも広告営業の仕事かといわれると、首を傾げざるを得ません。しかし、業務として私を送ってくれた電通の先輩方の懐には、今でも感謝しています。不思議に感じる方もいるかもしれませんが、それが私の率直な気持ちです。
被災された方々とは比べるべくもありませんが、この震災は、私にとっても非常に特別でショッキングな出来事でした。また振り返ると、日本の社会活動が本格的に芽生えるきっかけとなりました。自発的で大規模な救援のボランティア活動が活発化したことは特に有名ですが、広告会社もマスコミメディアも、広告のオンエアを完全に控え、復旧に向けた正確な情報の伝達に努めました。日本全体が、そして世界各国からの救援隊が、この大惨事打開に向けて取り組みました。一連を契機に、「社会はつながっていて、世界はつながっている。」ということを、感じた方は多いのではないでしょうか。
先週火曜日に起きたハイチの大震災は、既に死者が7万人を超え、恐らく20万人には達するだろうと言われています。死者数だけでも阪神大震災の既に10倍以上、恐らく30倍以上に達する大災害です。海外のメディアは本震災の報道で連日一杯ですが、日本のメディアの報道は極めて限られおり、私たちに入る情報も非常に限られているように感じます。
これはメディアの問題なのか? 我々日本人の問題意識の問題なのか? いずれにせよ、自分にできることは何かあるのか? 自分の社会的責任は何なのか? 考え、行動する、機会だと思います。
恨みからは何も生まれない
少し遅くなりましたが、改めまして新年おめでとうございます。2010年という区切れの良い年となりました。20世紀もはるか昔という感がします。今年に入って、良い言葉に出会いました。
恨みからは何も生まれない
NHK大河ドラマ「龍馬伝」の第一回での龍馬が岩崎弥太郎に語った言葉です。業務以外の理由で毎週同じ時間を拘束されるのがなんとなく嫌なので、私は基本的に連ドラは見ないようにしています。ところが「篤姫」以降の大河ドラマの勢いに押され、最近は見たり見なかったりを繰り返していました。ところが今年に入って、「龍馬が主役の龍馬伝を、あなたが見ないわけには行かないでしょ!」という周りからの圧力に押され、第一回目を見てみました。この言葉、これからの時代、いっそう大切だと思います。
ところで、今年の年末年始、私はラップトップPCとi-phoneを持って移動していましたが、ほとんどi-phoneで用が済んでしまいました。グーグルからもアンドロイド携帯発売の発表がありました。アップルも別のデバイスを発売間近とのこと。また、ウィンドウズ7は販売好調とのことですが、このOSの真価はこれからだと思います。これから我々の予想を超えるスピードで新ネットワーク・デバイスが登場してくるでしょう。楽しみです。こうしたタッチパネル型デバイスの優れた点は、だれでも直感的に使えるため、ユーザーの垣根が極めて低いということです。幼児から高齢者まで、たいした説明もなく、またキーボード操作を覚える必要もなく、使いこなすことができます。キーボードとスクリーンの組み合わせの従来型PCは、今後は業務ユースと学術ユースに限られた、レガシーのデバイスになるでしょう。
もうひとつ、i-phoneがPCネットよりも優れている点。それは、まさに「Free」を、より一層具現化している点です。産経新聞も、NYタイムズも、乗り換え案内も、CBSイブニングニュースもみんなタダ。しかしながら、私はこのどれもPCインターネットでは必ずしも頻繁にアクセスしてこなかった媒体です。むしろ違う媒体やサイトにアクセスしていました。それがいまや毎日べったりです。こうした固定ユーザーをある程度の規模以上に獲得した媒体だけが、今後生き残っていくのではないでしょうか。
「でも、タダじゃあ、ビジネスにならないじゃないか!」と、お考えの方へ。
「Free」ではほんの数パーセントの顧客がお金を払ってくれれば、流通コストがほとんど付加的にかからない状況下では、十分にビジネスが成立すると紹介されています。これには正直私も、少しピンと来たようで、来なかったようでしたが、ユーザーとして、高品質でしかもタダの情報に日々接してみて、なんとなく感じる変化があります。それはこうした情報やメディアに対して、どちらかというと「感謝の気持ち」、少なくとも「好感」のような気分を抱くことです。そうなれば、情報一つ一つを丁寧に読んだり見たりしますし、そのメディア・ブランドに対する愛着もわきます。不思議と、そうしたメディア上の広告に対しても、ほかの媒体に掲載されている広告に比べれば、格段の愛着を持った上で、接しているように感じます。また、近い将来、こうして毎日タダでお世話になっている媒体に対して、何らかのお金を払うことも十分ありうると、自分自身感じます。それは必ずしも、購読料という直接的なものではなく、もしかしたら良い記事を引き続き見たいという応援の意味を込めた、「寄付」とか「チャリティ」という形かもしれませんし、お世話になって信頼の置ける媒体が紹介する商品やサービスの「オンライン購買」という形かもしれません。また、直接自分の「お金」を払うのではなく、先ほど述べた通り、媒体上の広告に対する、より積極的で広告主にとって意味のある「行動」かもしれません。
COP15が終了して
先週末、第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)が終了しました。今回の会議では、「コペンハーゲン合意:Copenhagen Accord」という、拘束力のない宣言が、不完全な形で示されるに止まり、残念ながら、地球温暖化打開に向けて、意味のある国際的な合意に至ることはできませんでした。この結果を踏まえて、我々が認識しなければならないことは、今回の会議が国際的合意に向かうどころか、会議が進行するにつれて、先進国、新興国、発展途上国それぞれの立場の違いが、致命的なほど明確になったということです。
日本人として残念なことは、グリーン・フレンドリーな民主党政権に変わり、CO2を1990年比で25%削減するという、他国との比較では大胆な目標を掲げるとともに、「鳩山イニシアチブ」と呼ばれる、これもまた大胆な発展途上国支援を打ち出したにもかかわらず、CO2の大量排出国である米国、中国に対して、枠組み参加へのプレッシャーを与えたようには見えず、また発展途上国からの歩み寄りを引き出すこともなかったように感じることです。今回の交渉で、日本の顔は見えませんでした。
マスコミで報道された内容は、概ね以上のようなものでした。しかしながら、気候変動問題は、我々が抱える他の課題と比較して、その影響度が、スケール的にも時間的にも甚大であるため、従来のメディア報道が触れない部分について、我々は充分に配慮していく必要があると思います。今回は、メディア・ジャーナリズム論を深く掘り下げることは避けますが、ひとつだけ認識しておかなければならないことは、マスメディアというものは、世の中の出来事を、しかるべきフレームワークに基づいて、尚且つしかるべき目的に基づいて、報道しているということです。すなわち、多くの場合、大衆が迎合しやすかったり、大衆が何らかのストレス発散ができたりする方向で、記事や番組が編成されているということです。そうしなければ、視聴者や読者の共感を得られず、存在意義を失ってしまうからです。
それでは、今回のCOP15の不調を踏まえ、我々人類が認識しておかなければならないこととは。「コペンハーゲン合意」でも再確認されましたが、世界の気温上昇を、産業革命以前の水準から、2度以内に抑えること。私は今、山本良一氏の「残された時間 2℃ Point of No Return」を読んでいますが、本書によると、今すぐに世界規模で大胆な対策を採らない限り、このポイントを超えてしまう可能性が高いとのことです。そしていったんこのポイントを超えてしまうと、地球環境は人間がコントロールできる範囲を超えてしまう可能性が高いとのことです。その時期は、遠い先ではなく、今から20年後当たりが想定されるそうです。問題は、その時、何がおきるのか? 島嶼国やアフリカから温暖化による飢餓難民が大量に発生し、民族の移動が起こったり、食糧不足、水不足による世界的な争奪戦がはじまったりする可能性があります。そういった視点で日本の現状、例えば食料自給率の低さ、安全保障に対する危機感の欠如、こういったものを鑑みると、日本はどうすべきか? どんな自衛手段があるのか? 気持ちの良い話ではありませんが、我々の思考の範囲内に留めておくべき重要課題だと思います。
もうひとつ重要な課題は、気候変動という危機に対応していくためには、一国が一票を持ち、基本的に全会一致を原則とする国連の枠組みによる合意形成には、限界があるのではないかということです。ポスト京都議定書の国際的な枠組みの議論は、来年のCOP16での締結を目指して、今後も進められると思いますし、建設的で速やかな議論が行なわれることを引き続き、期待しますが、COP15の現実を踏まえると、過度な期待は禁物にも感じます。それでは、どんな手段があるのか? この点については、トーマス・フリードマン氏が、ニューヨークタイムズに興味深い問題提起をしています。地球温暖化に迅速に対応するには、国際合意による法的な拘束ではなく、市場経済を活用した競争の方が有効であると主張しています。つまり温暖化対策を、経済成長戦略に如何に転換できるか? それを上手にやることが出来る国が、経済的に勝ち残れ、また温暖化緩和に貢献できるとの主張です。グリーン・ニューディールと言うものが、これに該当するのではないかと思います。これには、環境税の導入、クリーンエネルギーの買取制度の強化等、様々な促進政策が重要です。
OUR CHOICE 「私たちの選択」
本日、アルゴア氏の「不都合な真実」の続編となる「Our Choice」の日本語版、「私たちの選択」が発売となりました。米国での発刊が11月初めで、ちょうど私が米国出張の最中でした。各書店で、平積みになっていました。今回の日本語版は、オリジナル発売から、たった一ヶ月でのスピード発刊となりました。翻訳は、「不都合な真実」に続いて、環境ジャーナリストの枝廣淳子さんです。
本出版に先駆け、先日、枝廣さんをお招きして、電通グループ各社を対象に、本書の内容ならびにCOP15の動向について、勉強会を開催しました。かなり内容盛り沢山の厚い書籍ですが、スーパーグリッド、地熱発電、太陽光といった、気候変動に対応する最新の解決策と課題、そしてアルゴア氏の哲学が、包括的に盛り込まれています。日本語版は、オリジナル版の完全訳になっています。本書は、地球温暖化問題に関する当面のバイブルになると感じました。
広告業界に関連し、我々にとって耳の痛いコメントもありました。人間と言うものは、共通の価値観に基づいて長期的な目標設定をし、数十年、数世代、場合によっては数世紀にもわたって、その目標を熱心に追求し続けることが出来るそうです。こうした熱意を発揮できるのは、脳科学によると、前頭前皮質の背外側前頭前皮という部分のお陰だそうです。ただしこの能力は、過度のストレス、不安、気をそらすものがあると、疲弊して弱まってしまうそうです。昨今の情報革命以降、我々は以前とは比べ物にならないほどの情報、そしてストレスにさらされています。こうしたストレスに油を注いでいるのは、まさに我々広告業界だそうです。
確かに広告の役割は、消費者の欲望に火をつけることですから、否定のしようがありませんが、過度の欲望は今後持続不可能であることも事実であり、広告の役割も今後変わっていく必要があるのではないかと感じます。重いテーマではありますが、今後人類にとって持続可能な地球を維持するために、広告の新しい役割が問われています。
